早稲田大学キャンパスに来て来年度入学しようと思ったわけ

早稲田大学1年のYです。1年の浪人生活を経て早大生になりました。

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1年目にはMARCHを受けました。早慶は受験していませんでした。当時の僕には早慶は遠い存在。

高校の進路相談の時でさえ

「早慶チャレンジしてみたいです。」

などということなどできませんでした。

身分不相応もいいとこで、陰で担任に笑われてしまうんじゃないかと不安でしたから。でも今はそれを本当に後悔しています。

自分の人生なんだから受けたいところを玉砕でもなんでも覚悟を決めてたちむかうべきでした!

 

僕の通っていた高校はまぁ、普通の高校でした。地元の星であるエリート高校は、早稲田をバンバン受けてバンバン落ちていると聞きましたが

「まぁ、あそこだから許されるんだよな。」

などと思っていました。

浪人を学校に報告すると、みんな驚いていた。

更に驚いたことには浪人を決めた仲間は30名ほど。

ありゃー、みんな適当な大学で手を打ったか。そんな感想でした。まぁみんな頑張らないからな・・・・

いいんかい?!

知人がエリート校にいるので何人くらい浪人をするのかと聞いたところ、

「まぁ3~4割かな。」

とのこと。120人以上が浪人するのです。エリート校ほど浪人率が高いと聞いていましたがわが校の4倍とは!!

浪人なんて当たり前だよ。と彼は僕に言いました。(進学校の数字はプライドの高い浪人生が支えているともいえる。)僕は凄く勇気が要ったのに。

志が違う学校は目を上に向けて頑張ることができるのかなぁ、ちくしょー。

そんな気持ちで浪人生活がスタートしたのです。




1年前、M大学を受験した日の夕方に、母が

ねぇ、早稲田大学を見に行かない?

と言い出しました。

「早稲田大学?いいけど。」

僕は自分の口から早稲田なんて一言も言ったことがなかったのです。

音に聞く早稲田か、早慶ってやつだな。

京王線のM大前で受験をした後、新宿で母と待ち合わせをしていた時刻が4時半だったかな。

そこから地下鉄で「早稲田」と名の付く駅を目指すことにしました。

「慶應」が近かったら慶應にしたと思う。しかしそんな駅はありませんでした。

 

母と僕は慣れない地下鉄で西早稲田に到着。そこは理工学部のキャンパスでした。

すでに薄暗くなり始めていたのですが、僕は文系のキャンパスに行きたかったので足を速めました。。。

受験生かな?たくさんの同世代の人たちとすれ違いました。

某高校の横の道を通り、学習院女子という大学の横を通り、西早稲田の守衛さんに教えてもらった道をてくてく歩いた。

そしてやっと戸山キャンパスに到着。冬なので、そのころには、すでにあたりは真っ暗になっていました。暗すぎて全く分かりませんでした。

受験シーズンでキャンパス内には入れないことを知った母はがっかりして

「サイゼリアで待っているわ。」

とか何とか言ってさっさと喫茶店に入ってしまった。。。。。。

しかし僕は1人で視界のきかなくなった戸山キャンパス周辺をうろうろしているうちに

「来年度ここに入学したいな。」

という気持ちがふつふつと湧いてきました。周りを歩きながら

「ここがキャンパスかぁ。」

などと暗いながらも建物を確かめながら歩きました。

「受けたわけじゃないのに何やってんだ、オレ。」

と思いつつも、なんだか胸の奥に高揚感があったことを覚えています。




M大に合格しました。仲のいい同級生も一緒の大学に通えることを喜んでくれました。

しかし、

僕は浪人することを決意したのです。

早稲田を手探りの状態で探し出した僕のスタートでした。

あの日歩きながら感じた胸の奥の高揚感を確かめたくてチャレンジすることにしました。

 

 

言っておきますがM大が嫌なのではありません。ここに行くつもりでしたから!

それに、あの紫紺のオシャレなマークはかっこいいと思う。

受験日の朝、京王線のM大前で降りた時すごい人の群れで、僕は同じように歩いていた。

その時の光景も僕は忘れないだろう。

 

しかし、正直いうと、母が「早稲田を見に行かない?」と言い出さなければ浪人しようとは思わなかった。

早稲田を歩いて

「できるかもしれないな。」

などと安易な憧れを抱かなければ僕は早稲田を受けなかったと確信しています。

振り返れば、あの冬の夕方、戸山キャンパスを歩くことによって早稲田をより身近な大学に感じた僕は、この大学に通ってみたいと思ったのだと思います。

 

浪人を決めて思ったことは、一年目に受けておけばどんなもんかわかったから受けておくべきだったということ。

感触がわからないので辛かった。僕の情報収集不足もあるが、英語のテストがA4で出題されているのも本番1週間前に知ったのだ。。。。。

 

1年後の今、僕は最初に訪れた戸山キャンパスに通うことになり、とてもうれしく思っています。

それは早稲田に通うことができたからだけでなく、目標を明確に持って戦ってこなかった自分がちょっとたくましくなった気がしたからだ。

高校受験もいい加減、

大学受験もいい加減な自分が

「がんばるってこういうことなんだ。オレこれからもがんばれるかな?」

と思った。




夏頃は浪人したことを本当に後悔していた。

夏休みが近づく中で何の保証もなく勉強をしていて不安いっぱいだった。

せめてM大にお金くらい振り込んどいてもらえばよかったな・・・・・

そんなことばかり考えてももうどうすることもできない自分を何度絶望感が襲ったことだろう!

やるしかないとわかっていた。

「がんばったからいいんだよ。」などと結果の出ないような努力を社会が称賛してくれるわけではないからね。

結果だけが必要なシビアなこの現実が苦しかった。結果なんて誰にもわからないからね。

エリート校なら浪人仲間もいて心強かろう。

崖っぷちだよ。足元から孤独を感じたよ。

 

だからこそ早大生になった今を充実させていきたいと思っている。

オレ、早稲田入るために頑張ったんだ!

地元を離れて生活することになった大学生活を有意義なものにしていきたい!そんな期待感でいっぱいです。

 

好きなことは読書。マンガを読むこと。休日も本を読むことが多いのですが、裕福な家庭ではないために、両親からはバイトをすすめられております。。。。

ニガイはフランス語。いつかフランスに行ってみたい。

寮から早稲田までは自転車で通学しています。雨の日は地下鉄。

昼メシはキャンパスの量では足らないために早稲メシを探しています。

寮の食事はガッツリあって、朝晩は大満足かな。

入部希望のサークルはおいおい書いていきます。



追記

ブログを読んでいる人に、

国立はどうなの?受けてないの?私立だけなの?」

と聞かれたが僕はセンターも受けている。
数学も理科2教科も受けた
母の頼みでK沢大学を受けるはずだった。

一応センターの結果でA判定をもらっていたので母親は受けろと言った。
しかし自動車学校も始まっていたし
何より東京に行きたかった。
母親は国立指向なのでK沢大学に行かせたがっていたが

「絶対早稲田にする。行かないところを受けるのは時間の無駄だ。」

ときっぱりいうと、がっかりしていた・・・・
母親は「息子は国立を蹴って早稲田を選んだ。」と思いたいらしい・・・・
そんなこと知るか!
どっちの大学にも失礼じゃないか!!

塾のチューターが
「首都大受かっても、金沢大受かっても早稲田が受かれば殆どの人が早稲田を選びます。」
と母を説得してくれたが、母の頭では理解できないようだった。
ちなみに母も国立大学を出ている。

父親は
「東京が良い。あそこでしかできないことがある。」
と賛成してくれた。

現在は東大に在学中の従兄弟と同じ県民寮で暮らしています。
東京は良いです

 

 

 

 

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