ミュシャ展のスラブ叙事詩全20作品!チェコ以外は世界初

展覧会は後半になると混雑するもの。しかし混雑も何のその、ミュシャ展に行ってきました。

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何で団体券かといいますと学生証を見せたからです。

ミュシャ展は恐ろしく混んでいて凄まじい行列は館内から外まで伸びていました。

さすがミュシャ展。知人に聞いたところ鳥獣戯画の時も博物館の人が傘を貸して出してくれたほど長かったらしい。

右の壁に沿って並んでいる人々は「草間彌生」の展覧会を見る人。とにかく行列を見てビビってしまったので、とりあえず食事に行くことにしました。場所はこの美術館の3階にあるブラッズリーポール・ボキューズミュゼ。上の写真の上部がそのレストランです。

11時オープンなのに、30分前に行ったところすでに人がちらほら。眼下の行列よりはましなのでここで30分待ちました。

  

注文したのは2200円のランチ。初めにバケットが出た。バターではなくてカレー風味のポテトをペーストしたものだった。

メインディッシュは魚と肉を注文した。

魚は白身でとても美味だった。肉はミディアムでこれもおいしい。

デザートもおいしい!

美味しかったが量的には全く足りない。周囲の客のほとんどが女性なのはうなずける。味は本当においしかった。

館内に入ると撮影が可能なエリアがあり僕も記念に何枚か撮影した。その大きさときたら、本当にびっくりだ。本で作品を見ることはできるが、この大きさの作品を見た人でないとその臨場感は伝わらない。実際に足を運んだ人でないとこの絵については何も語れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

スラブ叙事詩20点は構図や色遣いにミュシャの特徴は出ていた。しかしこれらの作品にミュシャの想いは込められてはいたものの、訪れた人々が見たい!と思う作品とはちょっと違ったようだ。

これらに部屋も混んではいたが、ミュシャが世間に知られることとなったポスターの部屋に行くと列はまったく進まなくなった。亀の方が速い。

美術館の人が

「お進みください。」

と言ってはいるのだが、列はまったく進まず。

人々はスラブ叙事詩と同様にミュシャのミュシャらしい作品を鑑賞したかったのだ。僕らも同じ。

「絶対山田章博はミュシャをリスペクトしてるよね。」

古さを全く感じさせないミュシャの絵は現代でも熱烈なファンがいる。(鑑賞しに訪れた人たちはおそらく皆そうに違いない)

ミュシャは本当に素晴らしい。

 

ところでせっかく「スラブ叙事詩」がきているのでそれについて調べてみました。とにかく20作品、巨大な作品だとは聞いていましたが、それ以外にどのような特徴があるのでしょう?

2017年ミュシャ展にスラブ叙事詩が来るのは世界初!

今までに何度もミュシャ展には足を運んだ。ミュシャ展と言えば結構誰もが好きで毎回混雑していたが、今年2017年のミュシャ展は違うらしい!!

それは「スラブ叙事詩」この巨大な作品20点が日本で初公開されるからだ。「スラブ叙事詩」がチェコ国外に出たことは一度もないそうだ。

人生で最後と言ってもいいだろう、これらを拝めるのは!

ジスモンダのポスターが衝撃!ミュシャブレイク!

ミュシャと言えば女優サラ・ベルナールの劇場ポスターが有名です。このポスターが彼に依頼された理由はミュシャ以外の画家がすべてクリスマス休暇をとっていたために、彼に依頼が舞い込んだのです。そのポスターがこちら。「ジスモンダ」のポスターです。彼のポスターを見て人々には衝撃を受け、ミュシャがブレイクしました!

見たことあるでしょう!!(wiki pediaより)

こうして彼は「アール・ヌヴォー」を代表する作家となったのです。宣伝のポスターから装飾パネル、絵葉書まで様々なグラフィックデザインやイラストに大きな影響を与えたアール・ヌーヴォーですが、ミュシャは当時のイラストレーターたちに途方もない影響を与えました。

スラブ叙事詩がチェコ以外で!それは世界初

ミュシャは1900年の万国博覧会でボスニア・ヘルツェゴビナ館の壁面装飾を手がけました。取材中のミュシャは戦争の傷跡が生々しく残り、貧窮する人々を見て自分のチェコと重ねます。

チェコもまたゲルマン民族に蹂躙されてきた土地なのです。

同じスラブ民族としてミュシャはスラブ叙事詩を描くことを決意します。

「残りの人生をわが民族に捧げる。」という誓いを立てたのです。

ミュシャは正確な描写のため専門家から事件の詳細について意見を求めたり、ロシアやポーランド、バルカン諸国などやアトス山の正教会修道院などを訪れたりしている。

 

制作期間中に第一次世界大戦が起こりチェコはチェコスロバキア共和国となった。

ミュシャはこの作品の中でスラブ民族がいかに素晴らしい民族であるかを表現したかったのだが、残念なことに共和国となった国民は急激な発展から取り残され必要とされなくなっていた。

全作品が完成したが、ミュシャ存命中に善作品が展示されたのは1928年の一度きりだそうだ。

そんな希少価値のあるスラブ叙事詩を堪能すべく混雑も何のその!

 

 

僕にとってのミュシャは「たぶん当時はポップで粋なポスターだったんだろうな。」

程度だ。オシャレな作品たちは今だって古さを感じさせないし、魅力的だ。

正直今だってミュシャが僕たちの心をとらえて離さないのはミュシャらしい作風があるからだ。

正直レアな展覧会には違いないがどの程度の作品なんだろう?

そんなことを思いながら展覧会に出かけて行った。しかしスラブ叙事詩を見て展覧会のガイドブックでは全く理解することなどできない圧巻の作品群を見ることができ、本当に良かったと思う。

様々な作品を見ていると、彼の人生を感じることができるからだ。

 

 

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